焼いた肉には煮た肉にはない香り成分が含まれている
皆さんは、焼いた肉と煮た肉で香りが違っているのを感じたことはありますか? 通常は、ステーキや焼き肉では「たれ」をつけて食べる、煮た肉ではすき焼きやしゃぶしゃぶのように「たれ」や「だし」につけて食べるため、焼いた肉と煮た肉そのものの香りの違いを意識することは少ないと思います。
しかし、実際には、焼いた肉と煮た肉では含まれる香り成分が違っていて、香りも違います。
調理した肉の香りは、水で煮た肉(水煮肉)の香り、ローストした肉(ロースト肉)の香り、動物種に特徴的な香りに分かれます。
また、調理した肉では、肉の種類によって違いますが、牛肉では880種類の香り物質が検出されています。
おもな香り成分は、構造に硫黄(S)を含む含硫化合物、フラン類、ピラジン類、ピリジン類、アルデヒド類などです。
このうち、水で煮た肉で多く検出される成分は、図1に示した2-メチルフラン-3-チオールやビス(2-メチル-3-フリル)ジスルフィドのような含硫化合物とフラン類です。
一方、ロースト肉では、水煮肉よりピラジン類、ピリジン類、アルデヒド類が多いことがわかっています。これらは、焙焼香気成分と呼ばれ、食品を高温で加熱したときに生成される香ばしい香りを呈します。
牛肉では水煮牛肉とロースト牛肉で検出できるピラジン類を比較すると、ロースト牛肉で35種類、水煮牛肉で3種類となり、ロースト肉で圧倒的に多く生成されています。豚肉の場合でも、じか火であぶり焼きにした豚肉で27種類、水煮豚肉で3種類となり、ピラジン類は、牛肉と同様に焼いた肉で多く生じます。
このように、調理方法によって、肉中に生成する香り物質に違いができるため、肉の香りが違ってくるのです。
特に、高温で焼いたロースト肉では、水煮肉ではできない香り成分が多く生成しているため、ロースト肉の特徴が感じられるのです。
調理の温度によって生成される香り成分が変わる
ロースト肉や水煮肉で生じる香り成分は、アミノ酸と糖が反応するアミノカルボニル反応で生成されます。
この反応の初期段階ではアマドリ化合物、中期段階ではフラン類とピリジン類ができ、さらに熱をかけ続け、温度が高くなると、この反応の終期段階で起こるストレッカー分解により、ピラジン類、アルデヒド類が生じます(図2)。
ロースト肉や水煮肉では、アミノカルボニル反応による香り成分の違いだけでなく、加熱により脂質成分が変化してできる成分もあります。
脂質成分由来の香り成分は、肉の種類の特徴を感じさせます。
赤身部分のアミノカルボニル反応で生じる香り成分と脂質由来の香り成分がいっしょに存在することで、それぞれの肉の特徴ができ上がります。
「たれ」や「だし」を使って調理した肉では、肉自体の香りを感じるのはむずかしいと思われがちですが、けっしてそうではありません。
食品は、10回以上嚙むことで、食品そのものの味わいを感じることができますので、しっかり嚙んで、焼いた肉と煮た肉の香りの違いを楽しんでください。
『栄養と料理』2020年~2023年に掲載し、好評だった西村敏英さんの連載「『おいしさ』を科学する」。 本誌に引き続きWebマガで連載!
食べ物の不思議 おいしさを科学する
調理や保存方法など、さまざまな要因によって化学反応を起こす食べ物。その変化は「おいしさ」に
どのような影響を及ぼしているのでしょうか。
おいしく感じるしくみを科学的に解説します。
文 西村敏英 女子栄養大学食品栄養学研究室教授
え/飯山和哉
にしむらとしひで●農学博士。研究分野は「食肉と健康」、「食べ物のおいしさ」など。食べ物のおいしさの要因の一つである「コク」を定義し、「見える化(客観的評価)」と定義の「国際化」にかかわる研究活動を行なう。