マレーシア(ペナン)
文と写真/岡本啓史(国際教育家)
Selamat pagi!
マレーシアでは「おはよう」にあたる言葉として「Selamat pagi!(サラマ パギ!)」がよく使われますが、もう一つよくあいさつとして耳にするのが「Sudah makan?(スダ マカン?)」。「ご飯は食べた?」という意味ですが、日本語で「元気?」という状況でも使われます。
マレーシアの多様な食文化
皆さんはマレーシアの「ババ・ニョニャ文化」や、色とりどりのストリートフードをご存じですか? マレーシアは、マレー系、中国系、インド系など多様な文化が融合したユニークな国であり、その影響は食文化にも色濃く表われています。
今回は、そんな多文化が息づくマレーシアのペナン出身のシモエンズ・モック(通称サイモン)さんの朝食をご紹介します。サイモンさんはペナンや後述するニョニャ文化を広めることを目的に、料理教室やシティツアーなどを企画・運営する実業家です。

マレーシアのヒンドゥー教寺院であるバトゥ洞窟の色鮮やかな階段は、同国の多様性を示している(2025年に撮影)。
多文化が交わるペナンの食文化
ペナンは「マレーシアの食の都」とも呼ばれ、マレー系、中国系、インド系、さらに隣国タイの影響も受けた独自の食文化を持っています。また、ペナンは、中国系住民が多い地域としても知られ、中でも「ババ・ニョニャ」と呼ばれる文化が根づいています。
「ババ・ニョニャ」とは、マレー半島に移り住んだ中国系移民が、マレー系の人々と結婚し、独自の文化を形成したコミュニティのことを指します。
- 生まれた子孫の男性は「ババ」、女性は「ニョニャ」と呼ばれます。
- 彼ら・彼女らは中国の伝統を受け継ぎながら、マレーの言葉や習慣、料理を取り入れ、独自の文化を築きました。
- 特に食文化はユニークで、スパイスやココナッツミルクを使った香り豊かな料理が特徴です。
ペナンでは今もなおババ・ニョニャ文化が色濃く残り、伝統的な建築や料理、衣装などが受け継がれています。

ペナンの中華街にあるモスク。2025年に撮影。
そんなペナン出身のサイモンさんの今回の朝食は、ペナンで愛される代表的な朝食の一つ、「カヤバタートースト(Kaya Butter Toast)」 です。シンプルながら、奥深い味わいのこのトーストは、ペナンの豊かな食文化を象徴する一品です。


〈左〉朝食中のサイモンさん。〈右〉カヤトースト。
ペナンの定番朝ごはん「カヤバタートースト」とは?
「カヤバタートースト」は、カヤ(Kaya)と呼ばれるココナッツジャムを塗ったパンに、たっぷりのバターをはさんで焼いたしたもの。外はサクッと香ばしく、中は甘くてクリーミー。ペナンでは、これをホワイトコーヒー(地元のコーヒー「Kopi(コピー)」)といっしょに楽しむのが定番です。
このカヤは、元々マレー系の文化に由来するココナッツジャムですが、ババ・ニョニャ版のカヤには、パンダンリーフ(東南アジア特有の香り高い葉)が使われており、何世代にもわたって受け継がれる伝統の味です。
また、カヤはペナンだけでなく、マレーシア全土やシンガポール、ブルネイ、タイなどの近隣諸国でも親しまれており、それぞれの地域で少しずつ異なるアレンジがあるのも特徴です。
サイモンさんにとってカヤトーストとは?と尋ねたところ、
「ぼくの朝は、いつもトーストにカヤを塗ることから始まるんだ。半熟卵にディップすることもある。家族で食卓を囲んで、今日の予定について話す。カヤバタートーストはただの朝ごはんじゃない。ぼくたちにとっては、家族の絆(きずな)を感じさせてくれるたいせつな存在なんだよ。」と懐かしそうに話してくれました。
ペナンのババ・ニョニャの家庭では、こうした伝統的な食文化が今も受け継がれており、地元のコピティアム(昔ながらの喫茶店)やカフェでも、カヤバタートーストは変わらぬ人気を誇っています。


〈左〉カヤは密閉容器に入れて市販されている。〈右〉ホワイトコーヒー(マーガリンを使用する独特な焙煎方法によるコーヒー豆を使い、砂糖や練乳を加えた飲料)。
マレーシアと日本とのつながり
一見すると遠く離れた国に思えるマレーシアと日本ですが、両国とも島国であること、また食文化にも共通点があります。
- お茶文化 マレーシアのミルクティー「テタリ(Teh Tarik)」文化は、日本のお茶の時間と似ており、どちらも「お茶を飲みながら人と交流する」ことをたいせつにしています。
- 食への敬意 どちらの国も、栄養バランスのとれた食事をたいせつにし、素材の味を生かした伝統的な調理方法を尊重しています。
- 世代を超えたレシピの継承 日本の家庭料理が代々受け継がれるように、ババ・ニョニャの家庭でも、祖母から母へ、母から子へと伝統の味が守られています。
- 文化交流会 ペナンには、日本人や日本文化との交流を深めるコミュニティがあり、後述の「よさこい祭り」なども実施されています。
ババ・ニョニャ文化の料理教室に参加して
私がサイモンさんと出会ったのは「料理」がきっかけでした。世界の料理を学びたいと、ペナンのジョージタウンでサイモンさんが運営する料理教室に私が参加したとき、待ち合わせ場所にやってきたのが彼でした。料理教室が始まる前に近くの市場で食材ツアーを通して、いろいろな食材の背景や市場の人たちやババ・ニョニャ文化について教えてもらいました。異文化理解を促進している私とサイモンさんの話は弾み、これから料理教室が始まることをすっかり忘れていたくらいでした。
教室の場所まで連れていってくれたサイモンさんと私を迎えてくれた「先生」は、彼の母親のエイミーさんでした。彼女はいろいろな料理の作り方を教えてくれただけでなく、ご先祖さまがニョニャとしてどういう人生を歩んできたか、そして、それぞれの料理にはさまざまな背景があることをていねいに説明してくれました。その料理教室で習った料理は、すべて絶品でした。
こうしてペナンで思いがけず素敵な家族と出会ったわけですが、あらためて「食」は国境や世代を超えて受け継がれ、人々をつなげる力を持つということを実感しました。

サイモンさんの母親でもある料理教室の先生エイミーさん。手にしているのは、ニョニャである祖母の写真。



〈上〉サイモンさんが運営する料理教室にて。「Jiu Hu Char (ジューフーチャー)」を作っている様子。地元の野菜をしょうゆでいため、細かく切ったイカで味つけしたもの。〈下左〉私が切っているのは上記のパンダンリーフとココナッツミルクが入ったデザート「Kuih Talam(クエ タラム)」で、塩味と砂糖味の2層に分かれているバランスが絶妙。写真右下のチキンカレーは「Curry Kapitan(カレー カピタン)」。カレー粉を使わずに地元のハーブペーストを混ぜ合わせた特別なカレーで、ニョニャ風味のチキンカレーの一つ。〈下右〉マレーシアの多様性を感じさせるニョニャ料理に使うカラフルな材料。
ちなみに、サイモンさんは 日本文化にも深い関心を持っており、ペナンで開催される「よさこい祭り(Yosakoi)」 の運営にも携わっています。
よさこい祭りは日本発祥の夏祭りですが、ペナンでも毎年開催され、多くの地元の人々が参加する人気イベントだそうです。次回の 「ペナンよさこい」 は 2025年6月21日 にジョージタウンのエスプラネードで開催予定とのこと。日本とマレーシアの文化が交わる、貴重な機会になりそうです。
今回紹介したペナン出身のサイモンさんの朝食は、人々をつなぐた重要な文化の一部といえるでしょう。多文化が交わるマレーシア・ペナンの味をぜひ一度味わってみてください。

【筆者プロフィール】岡本啓史(おかもと・ひろし)●国際教育家、生涯学習者、パフォーマー。これまで国連やJICA等で5大陸・45カ国の教育支援を実施。ダンサー、役者、料理人、教師の経歴も持つ。学びに関するブログを5言語で執筆し、ライフスキル教育、講演活動、グローバル学び舎運営など、日本内外で国際理解・幅広い学びやウェルビーイングの促進に注力中。著書『なりたい自分との出会い方:世界に飛び出したボクが伝えたいこと』(岩波書店)『せかいのあいさつ』全3巻(童心社)監修。サイト/SNS:https://linktr.ee/mdhiro |