フィンランド
文と写真/岡本啓史(国際教育家)
Hyvää huomenta! Nukuitko hyvin?
フィンランド語での典型的な朝のあいさつは、「Hyvää huomenta! (ヒュヴァー フオメンタ)Nukuitko hyvin? (ヌクイットコーフヴィン)」で、「おはようございます!よく眠れましたか?」という意味です。
フィンランドのイメージは?
フィンランドと聞くと「北欧」という地域を表わす言葉がパッと出てくるかもしれませんが、フィンランドという国自体については、なにを思い浮かべるでしょうか?
高い幸福度、質の高い教育、ムーミン、サウナなどが出てくるかもしれません(そう、あの丸みを帯びたムーミンやクールなスナフキンは、フィンランド発祥です)。
北欧の国フィンランドには、どこか華やかなイメージをいだく人が多いかもしれませんが、歴史的には激しい変化を経ています。西に接するスウェーデンからは約650年、東のロシアからは約110年もの間支配されており、約100年前に独立してからも4度の戦争が行われています。既述のフィンランド語には他の北欧諸国の言語と大きな違いがありますが、スウェーデン語もまた公用語の1つです。
極寒の国であることに加えて、複雑な歴史的背景を持つフィンランド人の生き方を表わしてよく使われる「SISU(シス)」という言葉があります。これは、フィンランドの人々に古くから受け継がれる特別な精神力、いわばきびしい状況を乗り越えてきた「フィンランド魂」のこと。過酷な環境で発揮される「折れない心」は、日々のすこやかな心身に宿るとされます。
今回は、そんなフィンランドに住むサラ•ルーさんの家庭の朝ごはんを紹介します。
*参考資料:『フィンランドの幸せメソッド SISU(シス) 』 カトヤ・パンツァル (著), 柳澤はるか (翻訳)
首都ヘルシンキにある、フィンランド正教会の「ウスペンスキー大聖堂」(2022年に筆者撮影)
フィンランドの定番朝ごはん「オートミール」
サラさんは、夫と2歳の娘とともに、フィンランドの首都ヘルシンキに住みながら、国際援助におけるフィンランド最大のNGOであるFinn Church Aid (FCA)で働いています。仕事では、「国境なき教師団」ネットワークを通じてフィンランドの教育専門家を開発や人道支援の現場に派遣し、「万人に質の高い教育を提供すること」を目的に地元の学校や教師を支援しています。
そんなサラさんの朝食は、フィンランドでも典型的なもので、オートミールで作ったお粥です。お粥には新鮮なベリーやベリージャムを添えることが一般的とのこと。ライ麦、大麦、オート麦、小麦を混ぜたお粥を作ることもあるそうですが、冬、特にクリスマスの時期には、大なべに米のお粥を作ることが多いといいます。
伝統的なお粥は、そのデザイナーの名前から「サルパネヴァ」と呼ばれる鋳鉄製のなべで時間をかけて作りますが、忙しい平日の朝は電子レンジを活用して手早く作るそうです。ちなみに、お粥にはライ麦パンや雑穀パンが添えられ、バターやチーズ、きゅうり、トマトが乗せられます。また、週末のブランチでは、ベリーや野菜、果物、スムージーなど健康的な食材も加わります。
〈左〉なべでじっくり作った休日のお粥。〈右〉食卓の中央にあるのがフィンランドの鋳鉄製なべ「サルパネヴァ」。グラスに注がれているのはトゥルニ(Tyrni。英語でシーバックソーンと呼ばれる木の実)のスムージー。トゥルニは野生のベリーの中で最も栄養価が高く、ビタミンCやE、食物繊維、必須脂肪酸を豊富に含む。
そして、朝食にはかならずといっていいほど登場するのがコーヒー。ミルクを入れるかどうかは人それぞれですが、フィンランドは1人当たりのコーヒー消費量が世界1位になったこともあり、労働法ではコーヒー休憩が法律で義務づけられているほど、コーヒー文化が根づいています(出典:The Asahi Shinbun GLOBE+ 更新日:2019.04.28)。
なお、フィンランドの家庭には、ムーミンマグカップやアラビア(ブランド名)の食器セットがよく登場します。アラビアは150年以上の歴史を持ちますが、現在はイッタラやロイヤルコペンハーゲン、ムーミンなどとともにフィスカースグループのブランドとなっています。
〈左〉サラさんと2歳の娘シャーロットちゃんがムーミンマグで朝食コーヒーを楽しむ様子。ライ麦パンとチーズも一緒に。シャーロットちゃんのドリンク「ベイビーチーノ」は、温かいミルクにココアパウダーを少し振りかけたもの。〈右〉さまざまなデザインがあるムーミンマグ。
もう1つの朝ごはんの定番「カレリアンパイ」とは?
カレリアンパイは、フィンランドのカレリア地方に由来する伝統的なペイストリーで、朝食としても間食としても楽しめます。最も人気のあるタイプは、ライ麦粉でできた薄い生地に米を詰めたものです。カレリアンパイはお店で購入できるほか、自宅で手作りする人もいるようです。
〈左〉ライ麦パンにバターとチーズを塗って食べるシャーロットちゃん。〈中〉1939年までフィンランド領だったカレリア地方にルーツを持つカレリアンパイの典型スタイル。〈右〉サラさんが2人の姉妹と手作りした、エッグバター(卵とバターを混ぜたもの)を詰めたもの。
フィンランドと日本の共通点とは?
フィンランドと日本は、地理的には遠く離れていますが、共通する文化的価値観や習慣がいくつか見られます。
- 忍耐力 冒頭のフィンランドの「シス(sisu)」と日本の文化的哲学には、逆境でも静かに粘り強く努力する精神が共通しています。
- サウナ文化 両国ともサウナ文化をたいせつにし、リラックスとリフレッシュを重視しています。
- 靴を脱ぐ習慣 両国とも家に入るさいには靴を脱ぐ習慣があり、清潔さと個人空間への配慮が感じられます。
- 森林の豊かさ 両国の国土の約7割が森林でおおわれています。日本の森林は山岳地帯が多いのに対し、フィンランドの地形は平坦で、無数の湖が点在しているのが特徴です。
サラさんと出会ったニューヨークでの出来事
サラさんと私が初めて出会ったのは2018年、ニューヨークでのこと。サラさんは国連機関UNICEFのエリトリア事務所、私はモーリタニア事務所という、アフリカ大陸の異なる国で活動していたとき、同機関の本部があるアメリカのニューヨークで開かれた会議で出会いました。フィンランドの教育の質の高さは世界でも注目されているため、教育専門の私を含め、教育畑のたくさんの人がサラさんに質問していたのが印象的でした。
フィンランド人と日本人がアフリカで仕事をしながらもアメリカで出会うという点だけでも奇跡的なのですが、二人はまた別の国で再会することになりました。お互いUNICEFの勤務先がケニアに変わり、今度は同じ事務所で働く同僚になったのです。そして、子どもの権利や教育の質の向上をサポートするという共通の思いが友情を深めました。
アフリカケニアでの再会を果たした私(左)とサラさん(右下の青い服の女性)。
「2度あることは3度ある」とはよくいったもので、サラさんと私とのつながりはまだ続きます。筆者が監修担当した絵本『せかいのあいさつ』全3巻(童心社、2023年)のうち『せかいのおはよう』のフィンランドのストーリーを作るためにご協力いただきました。あいさつを通して世界の多様性を日本語で楽しく伝えるこの絵本の読者には、サラさんの「人を思う優しい気持ち」がきっと伝わることでしょう。
いつも快くフィンランドのことを教えてくれて、極寒の環境で子育てをしながら利他の精神で国際支援をしているサラさんには、過酷な環境下でも力強く生きて人生を楽しむ「フィンランド魂」が感じられます。そんなサラさんの心身の健康を支えているのが、今回紹介したような朝ごはんやコーヒー、そしてフィンランドを代表するムーミンのマグカップなのかもしれません。
ムーミンマグカップといっしょにフィンランドの遅い日の出をまつサラさん。
【筆者プロフィール】岡本啓史(おかもと・ひろし)●国際教育家、生涯学習者、パフォーマー。これまで国連やJICA等で5大陸・45カ国の教育支援を実施。ダンサー、役者、料理人、教師の経歴も持つ。学びに関するブログを5言語で執筆し、ライフスキル教育、講演活動、グローバル学び舎運営など、日本内外で国際理解・幅広い学びやウェルビーイングの促進に注力中。著書『なりたい自分との出会い方:世界に飛び出したボクが伝えたいこと』(岩波書店)『せかいのあいさつ』全3巻(童心社)監修。サイト/SNS:https://linktr.ee/mdhiro |
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